2017
08.24

第14話

コラム, 昭和音楽コラム|1960から

1968年4月頃「いかりや長介とザ・ドリフターズ」(以下ドリフ)を制作することになりました。

その頃のドリフは『ドリフターズ!ドン』『進め!ドリフターズ』『突撃!ドリフターズ』などのテレビ番粗でじわじわと人気が出始めていた頃でした。
しかし同じ所属の渡辺プロには「ハナ肇とクレイジー・キャッツ」がいて同じ東芝レコードに在籍、ヒットを出し読けており、座付で青島幸男・萩原哲晶という素晴らしい作家がいました。

そこで僕としては困った時のカバー頼みということでドリフはカバーでやって行こうと考えました。

デビュー作は当時の彼等の持ちギャグの「ズッコケたー」をアイデアに「ズッコケちゃん」という曲(メロディーは俗謡の「チンタラ節」)と、まだカラオケが普及していない時代、バーやスナックにはギターの弾き語りのおじさんがいて、彼らがデューク・エイセスの「いい湯だな」をロ三味線で「♪ババンバ バンバン」と歌って、巷で隠れたヒットになっていたので、デュークも僕の担当だしこれいただきと、カバーしました。

後に1969年10月から始まった『8時だよ全員集台』のエンディング・テーマとして「歯みがけよ!」のフレーズと共にヒットしましたが、最初はB面だったのです。これはクレイジーの「こりゃシャクだった」と「スーダラ節」との関係と似ていて、面白いと思いました。

ホントB面が「いい湯だな」ですね

2弾目は69年5月に平尾昌晃の「ミヨちゃん」をカバー。これは後にファンハウスから「ラップ・ミヨちゃん」として加藤茶のソロで再度ラップでカバーしました。
カップリングは日本民謡の「秋田音頭」をカバーした「のってる音頭」でした。『8時だよ!全員集合』が始まってからは「ズンドコ節」「ほんとにほんとにこ苦労さん」「誰かさんと誰かさん」「ツンツン節」などのヒットを連発。なかでも「ドリフのズンドコ節」は70年の第12回レコード大賞の大衆賞をいただきました。

ドリフでは日本民謡、俗謡、猥歌などいろいろな曲をカパーしましたが、これもなかにし礼の詩と川口真のアレンジがあってこその企画だったと思います。

後半は逆に番粗からの企画をいただく感じで、「英語塾」「早ロことば」、大ヒットした志村けん初参加の「東村山音頭」、カップリングはNHK『みんなのうた』の「加藤茶のはじめての僕デス」でした。

同じくTBSテレビのドリフが吹き替えを担当した『飛べ!孫悟空』のテーマ「ゴー・ウエスト」もテレピからのヒットでした。同じコミック・バンドでもクレイジー・キャッツとは一味ちがったものが出来たと思っています。
(敬称略)

(草野浩二=元東芝レコード・ディレクター 「月刊てりとりぃ」2013年8月31日号に掲載)
※著者及び「月刊てりとりぃ」より許諾をいただいて転載しております。

コメントは利用できません